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tricolore de paris

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03
2013  13:18:03

コンシェルジュリで凹

Bonjour(Bonsoir)


不思議な魅力を持つシメール、ノートルダムで清々しい気持ちになり
リフレッシュしました (*^ワ^*)

さて次は…

シテ島の観光スポットと言えばノートルダムの次は… コンシュルジュリと
サント・シャペル教会どちらも、また次でいいやと後回しだった為、始めてです。

先にコンシェルジュリ。

あれ (ё) エ?  人が並んで無い入り口を見落としそうに ρ(・ω・、)
階段の所で6人位並んでました、お得なサント・シャペル教会とのセット入場券を購入。(12.5€)

コンシェルジュリ
衛兵の間(食堂) ゴシック様式で存在する中世の部屋としては一番大きな物


やっぱり中はひんやり ブルブル;;(≧ω≦;)さ・さむいフゥゥゥー

2階に独房があります。


囚人達の扱いは、お金をいくら払えるかによってカテゴリーごとに
分けられました。

最も貧しい囚人は「バイユー」別名わら族と呼ばれ窓のない、うす暗いネズミの走り回る、わらの敷かれた劣悪な環境の留置房に大勢で入れられました。 家畜同然の扱いです (`A´)
その為、多くのバイユー達は病気で亡くなりました (゜-Å) ホロリ

いくらかのお金を払えた囚人「ピストリエ」は、簡単なベッドのある4〜5人部屋に入れられました。

さらにお金を払えた者「プリゾニエ・ドゥ・マーク」は、家具のある独房に入り、食事も贅沢なものが配給されました。

地獄の沙汰も金次第なんですね ( _ _ )..........o

マリー・アントワネット牢
マリー・アントワネット牢

やっぱり彼女は特別扱い、ここは再現された部屋です。

マリー・テレーズが王政復古後にフランスに戻り、亡き母を偲んで造らせた
礼拝堂がマリー・アントワネットの独房があった部屋だそうです。



タンプル塔から移送されて処刑されるまでの2ヶ月半を過ごしました。
この日から女囚208号と呼ばれます。


牢にはついたてがあり常に憲兵が見張っていました。

処刑されるまでの間祈りの日々を送っていたと言うイメージがありますが、実は
カーネーション事件などの様に何度も脱走の計画を企て失敗しています。

五月の庭
五月の庭

女囚たちが散歩や洗濯などをした場所
四方を囲まれた小さい空しか見えない庭。

ここで、何を思って何を考えていたんだろうか?
2700名もの人が処刑された事を考えると想像を絶しますね。

断頭台へ向かう死刑囚はここから荷車に乗せられて処刑されました。


そして1793年10月16日彼女は質素な馬車で革命広場(現・コンコルド広場)へ向かい最後の時を向かえました。

処刑者名簿
                                            お借りした画像
処刑された囚人の名が刻まれています彼女の名前も。


マドレーヌ墓地に運ばれた亡骸は、埋葬命令が出ないため、半月近くもの間、
膝の間に頭を置かれた状態で、墓地の隅の草むらに放置されたままだった
そうです。

コンシェルジュリ
心に重く響きます  しゅん・・・∑(。´∩`○p落ち↓↓。*)〃

それにしても何百年も前、多くの人が入れられ壮絶な思いでいただろう牢獄を
今こうして観光名所となって毎日大勢の人が見て回る(見ている自分)
何か複雑な思いです。  ( ´・ω・)y━。 o ○(´・ω・`) 。 O (´・ω・`) ショック…

次は、パリ最古のステンドグラスで有名なサント・シャペル教会へ


では、またお暇な時にでも覗いて下さいね σ(゚ー^*)


Au revoir et à bientôt



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